フレドリック・ブラウン「星ねずみ」

書誌情報


書評

河出文庫で2000年から2001年にかけて刊行されたSFアンソロジー『20世紀SF』。1940年代を扱う第1巻の冒頭作が、この「星ねずみ」だ。

本作を一言で表すなら、ミッキーマウスSF。ねずみのミッキーマウスくんが登場し、マッドサイエンティストに捕まってロケットに乗せられて宇宙に打ち上げられてしまう、というのが本作の大筋。今ではとても扱えない題材を扱う本作を冒頭に置くことで、読者は時代性をこれ以上ない程に強く意識することになる。40年代のSF黄金期から、50年代におけるSFの深化、60年代のニューウェーヴの到来、70年代のニューウェーヴの退潮とフェミニズムSFの勃興、そして80年代のサイバーパンクにおける絶頂を経て、世界がSF化していった90年代へと至る『20世紀SF』の壮大な旅路の門出として、本作は最も相応しい。

もちろん、SFの文脈を考慮せずとも、本作は単品として十分楽しめる作品である。軽妙なユーモア、突飛な発想、明確なオチと、ブラウンの特徴がよく出た作品であり、それでいて一部の作品に見られるある種の読みづらさがなく、安心して読み進められる。しかしながら、SF的に明確な新奇さがあるわけではなく、話術で転がしていくタイプの物語なので、現代的な感覚ではやや物足りなさを覚えるかもしれない。しかし、このような科学性の弱いSFの登場こそ、SFが従来の“未来予測としてのSF”にはなかった新たな表現を獲得した証拠に他ならない。気軽で奇抜で明朗な読み味の本作は、大衆の読み物としての“(アメリカ)SF黄金時代”を象徴する作品と言えるだろう。

ここで、象徴という点に注目すると、本作では“新しいもの”の象徴として宇宙が採用されていることに気づく。ブラウンが長篇として『天の光はすべて星』『火星人ゴーホーム』『発狂した宇宙』と3作も宇宙ものを書いていることに加え、短篇集としても『宇宙をぼくの手の上に』『天使と宇宙船』があるように、以後SFは“SF=宇宙”という強烈な印象とともに発展していくことになる。この宇宙への憧憬や関心は、40年代のSFのいたるところに顔を見せ、やがて現実を駆動させていき、ついにはSFを実現させるに至る。


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