ロバート・A・ハインライン「鎮魂歌」

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書評

本作は宇宙へのあこがれに満ちたノスタルジックでロマンチックな作品で、長篇などから受ける印象とは違う、ハインラインの意外な繊細さも感じられる。本作の主人公は、月に憧れてロケット技術者になり、会社を興して事業は無事成功させたものの、自分自身が月に行くことは叶わなかったという老人。この作品が憎いのは、のちのロケット技術者の辿った道をそのまま描いていること。この作品を読むたびに、フォン・ブラウンを、そしてかつて月に憧れた少年少女であった無数の人々の姿を思い浮かべずにはいられない:かつてハインラインを読み、夢を叶えられなかったであろう少年少女たちを。

逆に、今現在この作品を書いて発表したとしても、辿ってきた歴史そのままを記述した文章としか読まれないのではないだろうか。いまや商業宇宙旅行が実現しようとする時代であり、成金事業家が宇宙旅行に行くとか行かないとか言い出すような時代である。こうしてみずからの作品によって現実の科学技術を発展させることになるSFは、その科学技術の発展によって“未来予測としてのSF”の座を捨て去った。現実がSFとなるなかで、SFは何を描いていくのか。40年代ですでに顕在化しはじめていた問題は、一旦伏流となって、60年代に再び大きな潮流となって姿を現すことになる。


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